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日テレ・深イイ話し

先日、昔?のアイドル大集合で、日テレ「深イイ話し」の収録がありました。
見てくださった方も沢山いると思うけど楽しい一日でした。

控え室でメイクをしてもらう私kyouto (17)
岡崎由紀ちゃんimages (2)
そして吉沢京子ちゃんダウンロード




実はこの三人が一同に顔を合わせるって今回が初めてだったの。

一人ひとりは多分あったことはあるんだけど・・まあ、古い話であんまりはっきり覚えてない。
私などは途中でアメリカに住んだりしてたしね。

でも、昔の話となるとアッと言う間にタイムスリップ。
みんな、それぞれ相変らず元気なんだけど、やっぱり青春時代の思い出となると鮮烈なんだな~と思う。
テレビ収録を忘れてわいわいがやがや。


帰りのエレベーターの中でも、まだ気分の高揚収まらずでした日テレ追跡 022


昔も楽しかったけど、今も楽しい毎日を送ってま~す!

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わあ~私のルーツはウーマンパワー(青鞜社)

誰でも自分が何者であるか、どうしてここにいるのか気になるもの。

といってもあんまり古いルーツを辿るのも大変すぎて、まずは気楽に散歩がてらにいけるところから!
と言うことになり、近過去の明治の私のルーツを探索?散策に出かけました。

行く先は・・東京のど真ん中の文京区本郷。あまりに地の利がよすぎてありがたみが減るような気がしないでもないけど、
でもでもでも、私の曽祖父、物集高見の住居跡が文京区のこのあたりにあるとの情報。
物集高見は、日本の文法や辞書を初めて作った高名な文学博士だし、東大の教授だったというから、多分本郷あたりと目星をつけたのですが・・
まずは赤門アタリを散策です文京区 008



いやはや・・本郷は近代的な表の顔と違って、ふと立ち止まると江戸の匂いさえ残る古い街です。
ちょっと歩くだけで、やれ樋口一葉だの石川啄木だのと、次から次へ明治の文学者の住居跡が目白押しkyouto (35)一月東京 077
kyouto (28)文京区 005

ところが簡単と思った肝心の曾おじいさんの家が見付かりません。

さんざん歩きつかれて、流石にもう少し下準備が必要な事を痛感。

改めてインターネットやフェイスブックで助けを求めると・・あらあら、アッと言う間に正しい情報が寄せられました。
曽祖父の家は、なんと青鞜社!発祥の地として有名だったの!180px-1st_Issue_of_Seito_20120304152851.jpg

青鞜社ってご存知?
女性解放運動の先駆者「元始、女性は太陽だった」の平塚雷鳥さんやimages (1)
そうそうたる女性達が作った活動。

実は私の祖母の物集千代子の姉妹達の大倉子(てるこ)と物集和子は共に(青鞜社)の創立時のメンバーで、和子が父親の物集高見に内緒で自室を提供して、そこで女性解放運動がスタートしたというのです。

そう、すっかり忘れていたけど、私のルーツは女性解放運動の草分け的存在だったの。
青春ドラマ「おれは男だ!」で森田健作氏を相手にウーマンパワーを頑張るヒロインを演じたのも何かの縁だね。ようこそ青春


場所も本郷ではなく千駄木。NTT駒込電話局だったらしいけど、今では閑静な住宅地の中にある洒落たマンションになっています。
こんな碑もありました。seitosha159.jpg




1911年六月一日、「青鞜社」第一回の発起人会が、
発起人の一人物集和子の父、駒込千駄木林町物集高見邸で開かれる。
「はじめての発起人会を開いた駒込林町の物集邸は樹木にかこまれた宏大な屋敷でした。この第一回の会合で、青鞜社の事務所を物集さんのところに置くようにお願いしました。物集さんが心やすく引受けてくれたのは、わたくしにとってはほんとにありがたいことでした。(中略)
この邸は団子坂上のいまのNTT駒込電話局の敷地とほぼ同じ広さである。
創立時のメンバーseitousya.jpg


生前の和子さんに会った方のお話では、
「お会いしたときは八十三歳でいらしたけれど、とても楽しいおばあさんで、何事も前むきにごらんになってましたね。『明治の人はしっかりしてるとか、時代が良かったというけれど、今の方が人情は薄いかも知れないけど、自由にものがいえていいですね』とおっしゃってました。
『青鞜』のことは『ともかく私は脱落者だっていわれましたから』とおっしゃるので断片的にしか聞けなかったのですが、五色の酒も吉原行もマスコミがいいかげんで大げさなことを書きたてたとこと、
『青鞜』から抜けたのは物集邸のお勝手口から発禁騒ぎで警官にふみこまれて父上の物集博士が仰天なさったこと、そのころ母違いの六、七つの弟さんが警官が来てブルブル震えていたことなどからやめられたそうです。
結婚相手の医者で帝大教授の藤浪さんからは『すぎたことは気にしないけれど、もうそういうことはしないでくれ』といわれたそうです。

1911年6月に発起人会、
9月に「青鞜」創刊、
そして翌年の4月18日夜10時、警官に踏み込まれる。出版法第19条違反による発売禁止の処分がなされたのである。
物集邸が青鞜社事務所であったのは1年に満たない短い期間ですが、その足跡は大きい。


こんな進歩的かつ偉大な叔母たちの存在は・・ん~わたしなんてチンマイチンマイ。

プロフィール

早瀬久美

Author:早瀬久美
元祖青春ドラマ清純派マドンナ!「俺は男だ!」といえば森田健作氏が叫び続けた「吉川君!」。当時の面影もそのままに、あの頃の吉川操の知的で熱いウーマンパワーは健在。エレガントさにますます磨きをかけ、待望の復帰を遂げる。

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